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Aスタジオ顛末記5〜いずこへ〜 [カメラマンになる周辺など]

半年くらいで一通り仕事は覚え、そうして相変わらず誰がいなくなったとか、いろいろと騒動はありながら、あっという間に一年くらいが過ぎた。そのころには、さすがにそれなりに仕事もできるようになっていた、と思う。スタジオマンというのは、カメラマンになるためのステップの下のステップで、たいがいの場合ここをステップにして、カメラマンのところに助手に行くことが多い。Aスタジオでのこの仕事は、長くやるといったようなものではなく、そこでは自分が師事したいカメラマンのところに自分でアポイントを取って面接にいったりしていた。たいがい2年前後で「進路」を決め、そして、やっぱりある日いなくなるのだった。

高校生の頃、学校の帰りによく写真集を立ち読みした。森山大道、東松照明、濱谷浩、奈良原一高、細江英公、・・・そうした名前が書棚で肩をいからせながらせめぎ合っていた時代だった。東松さんのアフガニスタンを撮った『泥の王国』も凄いなあと思ったし、森山さんのあの独特な迫力の写真も凄いなあと思った。そうした中でも、僕は濱谷浩(はまやひろし)さんの『雪国』が特に好きだった。個人的な感じだが、濱谷さんの「雪国」の写真は特に奇抜な表現は全くなく、淡々と新潟の山の中「雪国」の生活・風物を描いているように見える、けれども何かいい、どこかとても惹きつける何かがある、高校生の僕にはそんな漠然とした感じとして伝わった。高校生としてはかなりシブイ系だったのだろうと思う。

Aスタジオに勤めている頃、たまたま川崎市民ミュージアムで濱谷さんの写真展があったのを見にいった。さすがにその頃は月に2回くらいは休みがもらえた。その写真展では、ごく最近撮った銀座のスナップ写真もあったが、高校生の頃に写真集で見たあの『雪国』のオリジナルプリントもあった。四つ切りと半切で揃えてあったと思う。
懐かしい思いと新鮮な気持ちとで『雪国』のオリジナルプリントを見た。そうして白黒の世界にじっと浸っていると、自然と目尻から熱いものが流れだしていた。そして、それを指先でぬぐいながらプリントに見入っていた。
村の人たちとの人間関係といってしまえばそれまでだけれども、何かしっかりとしたものがあってこそ写し出されるもの、自然でありふれているようだけれども何か深いものが写されていた。その雪国と雪国に暮らす人々に対する慈しみがあった。その人たちを愛しているのがよくわかった。愛が写っていた。
写真を見て涙したのは初めてだった。
はじめて写真には愛が写ると知った。

写真展を見てしばらくしてのころ、濱谷さんに電話をした。濱谷さんは「いまはそうした仕事はしていないから・・・」とおっしゃって断った。僕はあきらめてしまった。今調べてみると濱谷さんは1915年大正4年の生まれになるから、そのころ70手前だった。
今思うと、僕は濱谷さんの仕事のお手伝いもそうではあるけど、それ以上にいっしょに過ごしたかったのだろうと思う。朝になったら庭を掃いて、お茶をいれて、「おはようございます」と挨拶をして、そうした当たり前の日常を過ごすなかで、何かしら濱谷さんの人となりに触れたかったのだろうと。写真は自分自身を写してしまう。だからこそ尊敬できる写真家に師事して、技術や人間関係といったものも大切だけれども、それ以上に何か大切なものに触れることがとても大事なのだろうと思う。いまでもあのときのことを思うと、納得してはいるけれど後悔の念がちらっとしてしまう。断られても、「お会いするだけ一度」とか「一度だけお話を」とか「サインください」とかとか、何かずるずる方式で濱谷さんにお茶をいれられるようにできたはずだったと思うと。濱谷さんが「いまはそうした仕事は・・・」とおっしゃっても、写真を撮るとか撮らないとか、そうしたことは確かに写真を撮る人になるには大事ではあるけれど、でも別な見方をすればどうでもよかったはずで、まずは美味しいお茶を味わってもらえるようなそんな存在になりたかったのだから。でも結局僕はどうしてもそうしよう、とはしないでしまったのだが。
師匠と呼べる人が写真人生の中でいないのは、納得はしているけれど、ときには寂しく残念に思う。

僕は次にどうしたらいいのだろうか。
ああ、早くここから出て行かないと。
ぼやぼやしているとあっという間に時間が過ぎる。何かに追われるように焦っていたように思う。


追・濱谷浩 1915.3.28~1999.3.6
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seagull

久々にお邪魔させていただきました。
スタジオでよくがんばられましたね。
すごいなぁえらいなあとおもいました。
ちょっと前の、サンテグジュペリの二度目のへその尾のお話は、うーんと感心しました。
本を買って読んでみようと思います。
興味深いお話をたくさんどうもありがとうございます。

すとさんのところは地震の影響はあまりなかったのかな?
ご無事でなによりでした。
by seagull (2011-04-10 23:17) 

sutou

スタジオは、そのなんというか、帰るところがなかったから仕方なくいたということで・・・。(笑)
サン=テグジュペリの『人間の土地』は、30代の頃にも読んだのですが、そのときは書いてあることがよくわからなくて。
『星の王子さま』の中には、「この本は寝っ転がったりして読んで欲しくない」と書いているけど、彼はそう言うだけあって、丁寧に心が伝わるように書いている感じがするのが好きですね。
by sutou (2011-04-13 00:12) 

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