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ピラミッドにたどり着き <1> [旅のこと]

僕はクフ王のピラミッドの下に立ったとき、
失敗したなぁ、と心から思った。
真下から見るピラミッドは垂直かと思えるほどに急峻で、頂上などは全く見えなかった。
これを登らなきゃいけないのか、失敗したなぁ、と。
頭が重力のままに垂れ下がった。
どうしようかな、別に登らなくても、まあ、ここまで長い旅をしてたどり着いたことでよしとしようかとも思った。

カイロの中心部からギザ行きのエジプトの匂いのしみこんだ市バスに乗って、排気ガスの街を抜けた。しばらくすると遠くに三角帽子のシルエットだけがちょこんと三つ並んで見えた。ああ、あれかとちょっとの感慨をもって眺めた。
バスの終点はピラミッドに近いところだった。ここまで来るとどこからでも見えるのでピラミッドまで迷わずに行くことができる。僕はその真下まで歩いていった。観光客がわんさかといるなか、大きな石の積み重ねのその傍らに立って、じっと見えないてっぺんを見やった。そして、
失敗したなぁ、と心から思った。
これを登らなきゃいけないのか。この巨大なピラミッドを。

折角だからクフ王のピラミッドの中に入ろうかと思ったが、なにがしかのお金がかかったのでやめた。三つ並んだ一番小さいところは係員がいなくて無料のようだったので、そこには入った。石で囲われた通路をすれ違う観光客はほとんどいなかった。ほうこれがピラミッドの中かと思ったが、僕自身ピラミッドの中の石の通路にはあまり興味がないようだった。

帰りに終バスの時間をもう一度確認して安宿に戻った。
いよいよ明日だ。
明日の最終のバスでギザに行って、そのあと、あてもないけどどこかで時間をつぶして。少し早め、午前2時くらいを見当に登りはじめよう。
いよいよ明日の夜に登る。

旅の途中ではいろんな人に出会う。そのなかに「ピラミッドの登り方」に詳しい男がいた。たぶん、たまたま僕がクフ王のピラミッドに登りに行くんだということを話し、そこで彼がピラミッドの登り方をレクチャーしてくれたのだろう。
彼が言うには、見張りをしている人がいるので、夜登らないと登る途中で捕まえれれてしまうので深夜に登ること、ピラミッドのあるところでは風がどっちだかの方角からいつも吹いているから、そっち側は風化が激しく危険なので登ってはいけない、降りてきたら必ず見張り係に捕まえられてお金を要求されるから、その分のお金を別にポケットに入れてこれしかないといって出せばそれで放免される、四角錐の辺に近いところの方が傾斜が緩やかだからそのあたりを登った方が登りやすい、とか。世の中は不思議なもので、そんなことを事細かに知っている旅人がいた。頂上までの所要時間を聞くのは忘れたが。

そんなレクチャーをつらつらと思い出しながら、明日のための準備を始めた。明日のために日本から釣り竿を持ち歩いて旅をしてきた。それほど長くはないその釣り竿を伸ばしてその先にリュックの口を閉じるのに使っているひもを外して結んだ。その1メートルくらいのひもの先にはカメラのストラップの中程を結んだ。こうして、セルフタイマーをして、魚を釣り上げるように空中に浮かせれば、ピラミッドの頂上が、三脚を立てることができないくらいとんがっていても、これで大丈夫なはずだ。それに、ここがピラミッドの頂上だということがわかるには背景にギザの街か隣のピラミッドなりスフィンクスなりが写っていなければならない。少し高めに持ち上げて写せば、それらも写るはずだ。我ながらいいアイディアだ。カメラマンたるものこうでなくてはいけない。よく考えたものだ。なんちゃって。
釣り竿からひも、そしてストラップと結び、とりあえずどんな具合か持ち上げてみた。
釣り竿が大きくしなって、カメラが空に浮いた瞬間、釣り竿がぼきっと折れて、あっ、と思う間もなくカメラが落下した。
ベッドの上でごぞごぞと作業をやっていてそのまま持ち上げたので、落ちたところがベッドの上、事なきを得たが、ドキッとした。
日本を出る直前に、釣り具のチェーン店で予算がないからとワゴンの安物を買ったのだったが、それにしても、釣り竿というものはこうやすやすと折れるものでもないだろうと思うのだが。一年間持って歩いた苦労は何だったのか。重さはそれほどないのだが、リュックに荷物を詰め込むたびに、この棒状のものをいい具合にまとめるのは、本当に苦労した。これさえなければどんなに楽に入れられることかとパッキングのたびに思った。それがあっさりこうとは。
折れてしまったものはしかたがない。その折れた元の方を使って、そこに新たにひもをがっちりと結びなおし、その上からセロファンのテープをぐるぐるに巻き付けた。
釣り竿は今度は大丈夫そうだったが、実際持ち上げてみるとカメラはぶらぶらと揺れたり回転したりで、あまりこっちを向いてくれる感じではなかった。その点に関してはいい打開策が思いつかなかったが、20ミリの広角レンズを使うし、フィルムを1本うまくいかなくても2本も撮れば、まあ、どうにかなるだろう。
どこぞの国で買った小さなリュックに、釣り竿とカメラを結びつけたもの、それからフィルムを少し、必要な物などそれしかなかったが、リュックに入れて背負ってみた。明日はこうして登るのかと。









※この釣り竿では、インドのガンジス川で釣りをした。釣れないでいるとたまたま小舟で戻ってきた漁師のじいさんが、どれどれと小舟の中の餌の残り、ゴキブリを一匹釣り針にかけてガンジス川に放り込み、すぐに大きなナマズを釣り上げた。宿に戻っておかみさんにやったら、その晩ナマズのカレーがでた。

※先にも書いたが、このピラミッドに登ることは禁止されている。これは20年以上前の話で、時効ということで書いているが、実際非常に危険だし、決して登ってはいけない。

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