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なぜ「所得倍増計画」は達成されたのか [カメラマンになる周辺など]

まがりなりにもフリーのカメラマンとして独立して、しそふりかけのスパゲッティーとか、大家のおばさんのカレーライスとか、霞とかでどうにか食いつなぎながら、一年が経とうとしていた。フリーランスの一年目、普通などはないだろうから他の人と比べても意味がないだろうが、味わい深い、あるいは味わい深すぎたともいえる一年だった。とにかくどうにか生き延びてきたという感じだった。
バブルのごく走り、今にして思えば決して悪い経済状況ではなかったけれども、それでも僕自身は海に浮かぶ何か小さなものにすぎなかった。身の丈以上に体裁をつくろっていたら、時おり吹く風でたつ小さな波にも、すぐに呑まれて沈んでいたのだろうと思う。そんな小ささだったから、だからたまたま沈まずにすんだのかもしれなかった。
そんな小さなものでも確定申告をしなければならなかった。初めての確定申告。もちろん税金を納めるような立場ではないどころか、確定申告をするのは、源泉徴収されている分を返してほしいがためだ。こんな収入のわずかな人間からの10%の原泉徴収は厳しい。働いた分をちゃんと返してもらいたい、というのが正直なところだ。
下北沢に住んでいたので、小田急線で隣の駅、梅が丘にある北沢税務署に用紙をもらいにいって、わからないながらとにかく書き込んだ。事務仕事の得意なフリーのカメラマンというのは聞いたことがないが、僕もご多分に漏れなかったので、訳が分からないままとりあえずそれなりに下書きを完成させて、申告の期間ぎりぎりに税務署にもっていった。
当時はその季節限定で無料の申告書作成相談をしてくれる税理士なのだったろうか、そういう人が税務署にたくさんいて、僕も番号札を受け取って並び、記入の相談にのってもらった。おおかた問題はないようだった。
ただ、たまたま見てくれることになってしまったその税理士なのだろう人が、申告書に一通り目を通したあと
「君ぃ、赤字だけどどうやって食っているの?え?」
と上から目線でいってきたので、いくら何でも失礼だろうと少し腹が立ち、
「女に食わせてもらってますけど、なにか・・・」
と少しけんか腰でいったら、その人、むっとしたものの返す言葉がなく黙っていた。
でも、本当はウソでした。すいません。そんなに甲斐性がありませんでした。

どうにか初めての確定申告書の提出を済ませて部屋に帰った。そして落ち着いたところで改めて申告書の控えの用紙を取り出してまじまじと見た。記入したところの少ないその控えの用紙を見ながら、じわっと悲しみがこみ上げてきた。
「これではいくらなんでも少なすぎる・・・」
そして僕は、めどや当てや方法など何もないままに「所得倍増」を決めた。来年の申告のときまでに所得を倍にすると。決めたはいいがどうやったら収入が倍になるのかは、全くわからない。今でもそんなことはわからない。わかる人がいたら教えてほしい。

2年目になっても、やれることといったら一年目とほとんど何もかわることはない。いろんな編集部に営業にいったり、人と会ったり。多少なりとも知り合いの編集者ができたりしたので、なるべく通うようにしたり。そして、一回一回の撮影を誠実にやることでしかなかった。
この頃だったように思うが、名刺入れに名刺を入れるのではなく、名刺を注文したときに100枚入ってくるあのプラスチックのケースごと持って歩いていた。異業種交流会だとか、友達の友達だとかとにかく仕事に少しでもつながりそうな人と会っては名刺を渡していた。そんなふうだったから、ケースに入った100枚の名刺もみるみる減っていった。

そして一年はあっという間に過ぎ、二度目の年度末を迎えた。やっぱり慣れない確定申告書に数字を書き込んで、それをまた足したり引いたりした。
最後の欄に出てきた数字は、前の年を倍以上上回っていた。一年前にたてた、あの全く無計画な「所得倍増計画」は達成したのだ。倍増、すばらしい響きだ。気持ちがうわずってきてしまった。よくやったとそれこそ自分をほめてやりたい。「やっぱ、おれってえらいなぁ〜」こんな感じで。
ひとしきり感慨にひたり、そして高揚もおさまり、改めて二年目の申告書の金額を見てみる。倍以上になったとはいえ、それでもその額はほんのわずかなものだということに気づいた。倍になってもやっぱり少ないこの数字。
とっても少ない+とっても少ない=やっぱり少ない
その数字をよくよく眺めながら、僕ははたと得心がいった。倍にでもならない日にはやってゆけないくらい最初の年がひどかったのだ。そう、所得倍増計画を達成し得たのは、前年の収入があまりにも、あまりにも、あまりにも少なすぎたからに他ならない。苦笑するしかなかったが笑い事でもなかった。


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