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Kさんのキウイ [田舎のこと・母のこと]

Kさんは母の古いお友だちだということしか知らない。Kさんの下の娘さんが僕と同級生だったから、そんなことからのつきあいだったのかもしれないし、ひょっとしたら女学生頃からのつきあいだったのかもしれない。
僕が小学5,6年頃からときおりKさんは家に遊びにいらっしゃたりしたのを覚えている。あがってお茶を飲んでゆくこともあったし、ちょっと通りかかっただけだからと玄関先で立ち話をしてそのまま帰ることもあった。母にしてもKさんにしても子どもたちが小学校の高学年になって、それなりに親の手を離れるようになり、少し自分の時間を持てるようになった頃だったのだろうと思う。
僕が高校生の頃に姉は結婚したのだったが、Kさんは結婚祝いに、オールドという黒く丸っぽいウイスキーの空き瓶をふたつ合わせたのをベースにした、三つ編みで目のくりくりとした南方系の少女の人形を作ってくれた。たまたまそのころKさんは誰かから作り方を教わって、Kさんのマイブームだったのではないかと思う。

母が亡くなって半年後、母の生家があったところから目と鼻の先にある市の会館の小さい部屋を借りて「須藤ヒサ子 小さな小さな遺作展」というのをした。水彩画を描くのが好きだった母が生前何かのおりに額に入れたものを10点ほどと、色紙に描いたものから数点選んで台紙に飾った。それだけのささやかな展示会だった。
そんなときにもKさんは同年配のお友だちを何人もつれていらしてくださった。小さな町のことだから、一緒にいらした方々もたぶん多少なりと共通の友人知人だったのだろうと思うが、僕にはよくはわからない。

Kさんにも母の葬式の連絡はゆかないでしまった。
Kさんがいらしてくださったのは葬儀の二日後、どぼどぼとぼた雪の降りしきる寒い午後だった。一緒に暮らしている上の娘さんが、股関節を骨折したというKさんを車で送ってきて、靴を脱ぐのまで細やかに手を貸していらした。
仏壇の前の母の遺影を見るなり
「あらぁ、優しい方だったのに・・・」
と、何か大切な物を壊してしまったときのような切ないため息のような言葉が漏れた。股関節をいたわりながらやっと座って手を合わせたその背中は、本当に寂しそうだった。

お通夜やら葬式やらが終わってからも、知らなくて遅くなりましたがとお線香を上げにきてくださる方々。そうした母の友だちやお世話になった方が仏壇の母の遺影に手を合わせてくださるのを見ながら、そして、何かしらご挨拶やら話しをしてゆくのを聞きながら、僕は脳裏に去来するなにか漠としたものを感じていた。母とその一人ひとりの関係でしかないから、その人のことを僕がどう思うということではなく、いろんなつき合いがあったのだなあと思っていたのだろうか。あるいは、僕のどこか深いところで母の人生に触れたいという思いがあったのかもしれない。

杖をついたKさんは、ますます降りしきる重たい雪をつと見上げ、それからシャーベット状になってしまった玄関先を、娘さんに付き添ってもらいながらゆっくりと歩いて車に乗り込んだ。僕はお礼を言って静かに助手席のドアを閉めた。白い乗用車はすぐに曲がって見えなくなったが、見送りながら、あんな体の状態でよく来てくださったなあと思うとありがたかった。そして、どうしても母とちゃんと最期のお別れをしたくて来てくださったのだなあと思い至ったときには、なにかちょっと遅すぎた気がした。
「優しい方だったのに・・・」と漏らしたKさんのその言葉を心の中で何度も響かせ、そして、手を合わせてくださっていた小さな後ろ姿を思い返した。そうしていると、母はこの人に優しくしてもらったのだという何か確かな感じがわきあがった。母の人生を豊かにしてくださったひとりなのだという確かなものが胸に広がり、熱いものがこみあげてきた。


つい先頃、Kさんと一緒に暮らしている上の娘さんが庭で採れたのだとキウイを贈ってくださった。平たい段ボール箱に、仲のいい小さな兄弟たちのようにきれいにちょこんちょこんと並んでいた。自家用に作っているのだけれども、今年は出来がよかったのでということだった。
昨年末、中米から帰るとすぐに遅めの母の三回忌の法要をあげてもらいに赤湯のお寺さんに行ったのだが、その折りにKさんのところにうかがった。まだ杖をつきながらKさんが玄関に出てきてくださった。僕は玄関先で小さなお土産を渡しご挨拶をしてすぐに失礼した。
そんなことがあったので気を遣って贈ってくださったのだろかと思う。

流しに立ったまま、キウイをしゃっとすすいで包丁で皮をむく。むいたキウイを左の手のひらにのせたまますうっと輪切りにすると、深いこけ色が美しかった。そして、放射状に並んだ種子が、光速を越えて飛んでゆく宇宙船から見る映像のように見えた。お母さんは遠い宇宙の果てにいったようにも思え、このキウイにいるようにも思えた。

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