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Aスタジオ顛末記11〜これぞ職人というもの〜 [カメラマンになる周辺など]

いずれはK多さんのことも書きたいと思っていた。
しかし、書きにくいなあとずっと思っていた。どうして書きにくいのかというと、毎日淡々と職人技をこなしてゆくから、なにがどう凄いと説明するのが難しいのだ。たとえば同じように職人技のN澤さんなら、夕陽での撮影でポラを切ったら露出が大はずれで「何やってんだ!ばかやろー!!」とポラホルダーを砂地にたたきつけながら怒鳴られたり、というようなことがあったりするのだが。K多さんもそんなふうに感情が激することもあるだろうとは思うが、K多さんは奥歯をぐっとかみしめる人なのだ。

Aスタジオにロケアシスタントを依頼するのは、たいがいはスタジオのOBで、K多さんもその一人なのだが、同じスタジオマンが行った方がカメラマンにしてもスタジオマンにしても都合がいいので、自然と「担当」のようになって、同じカメラマンの所に行くことになる。
僕は、K多さんのところに長くロケアシスタントとしてお世話になった。ロケアシスタントというと屋外にゆくイメージだが、ほとんどはK多さんのスタジオでの撮影だった。
僕が世話になっていた頃、K多さんのスタジオは赤坂にあって、六本木の大きなホテルのあたりから赤坂に抜ける細い通りをちょっと入った所にあった。朝、住み込んでいた麻布のあたりから芋洗い坂を登ってそこまで行って、夜は六本木のネオンの中をへとへとになった身体を引きずって帰ってゆく。
事務所兼スタジオの玄関には「K多写真事務所」とシールをはった看板があったが、いつからだろうかその看板の「事」が落ちていて、「ムショ」になっていた。Aスタジオとはいいながら、住み込んでいたのは「タコ部屋」だったから、タコ部屋からムショ通いをしていたということになる。
あほな話はさておき、
K多さんは商品などの「物」を専門に撮っていた。いわゆる「物撮り」を専門にしていた。
K多さんのスタジオでは、深夜・朝方までの撮影になることもよくあった。

リンゴ(アップル)が表紙に写っているわりと売れているマップがあるが、あのリンゴもK多さんが撮っていたことがあった。
デコラ板の上にリンゴを1個のせて、カメラ位置からリンゴを凝視するK多さん。この向きはどうか、この角度はどうかと長いこと見つめ続ける。そのあと、僕はテントレ※の上から当てたストロボを前に動かしたり後ろに動かしたり、光量を上げたり下げたりする。これでどうかというところで、K多さんは4×5のポラロイドをきる。ポラを切っては明るい蛍光灯の下でチェックする。ときどき「これはどう思う?」などと聞かれるが、僕にはよくわからない。
そのうち壁にびっしりとリンゴのポラロイドが貼られ、早く撮らないとリンゴがしわしわになっちゃう、などと思っている僕とは違い、それでも納得がいくまでリンゴに向き合っているのだった。そもそもK多さんは、リンゴがしわしわにならないようにエアコンを効かせて、ちょっとした冷蔵庫状態にしていたのだった。先の先までいろんなことを考えているのだ。
K多さんの仕事は一見地味だったが、万事がそんなふうに慎重で、完璧なものを求め続けた。他のいろんなカメラマンにも大切なことをたくさん教わったが、K多さんにも仕事人としてのカメラマンというものの在り方の大切な本質に触れるものを教わったように思う。

僕が独立してから、僕にきた物撮りの仕事で、これはいろんな意味で僕の手に負えないという撮影があった。カクテルグラスに瓶から注いでいるところの写真と、そのカクテルグラスが飲み終えた状態で置かれている写真、というものだった。だが、注文はそれだけではなく、その2枚の写真がいいぐあいに重なり合わないといけないものだった。(・・・説明するのが難しい)
手に負えなかった僕は、K多さんは忙しいし、K多さんの撮影料の相場も知らないながらも「もしよろしければ、もし失礼でなければ、合わないようでしたら本当に断ってください」と念を押してそこを紹介した。
K多さんは快く引き受けてくださったようだった。
その編集者に別件で後日伺ったときに、彼は
「そうそう、すとちゃん、K多さんの写真、凄いよ。」といってK多さんの撮った写真を「特別に」見せてくれた。
本当にきれいな仕上がりだった。
同業者としてこんなことを言ってしまっていいのかと言われそうだが、K多さんのこの写真なら仕方がない、僕にはこんなに美しくは撮れないと思った。編集者が感動したのがよくわかる。
それに、万が一にもすとうに迷惑をかけてはいけないからと、いつもにまして気合いの入った仕事だというのが写真を見ていて伝わってきた。(勝手な思い込みかもしれないが、きっとそうだと思う)
そういう人なのだ。

今年の5月にK多さんからのインクジェットでプリントアウトしたはがきが届いた。
5月末で事務所を閉め、現役を引退するということが、淡々と書いてあった。
驚き、そして、寂しく、それから、改めての感謝の思いもあり、あれほどの職人がというもったいないと思う気持ちもあり。ひょっとしたら身体をこわしたのだろうかなどなど、いろんな思いが交々に湧いては胸に痕跡を残していった。
K多さんのムショに通ったのが懐かしい。
物を見るときは厳しいけれど、人を見るときは優しい、K多さんのあの笑顔が懐かしい。









※テントレは、撮影台の上に、天井のように張ったトレーシングペーパーのこと。「天トレ」。ストロボをそのトレーシングペーパーの上からあてて、光を柔らかくする。

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