SSブログ

今帰仁にシークァーサーを摘めば 1/3 [日々の生活のこと]

 妻と妻の東京の友だちが伊平屋島の「ムーンライトマラソン」に出るというので、三人を乗せて未明に糸満の家を出た。大きな月が黄色味を残してまだ浮かんでいた。
 伊平屋島には、沖縄本島北部の今帰仁の運天港から定期船が出ているので、そこの朝一番の定期船に間に合うように出かけたのだが、本島南端の糸満からは結構な距離になる。
 少し余裕を持って港に着いた。海からの風は少し冷たく、まだ朝の匂いが感じられて、そしてその中に大きな定期船があった。なんとなく落ち着かないまま上船時間を待ち、それから定期船に乗り込んでいった。
 ボーっと定期船が汽笛をひとつあげて出航するのを見送った。
 ついさっき日が出たばかりだというのに、あっという間に額に汗をかいてしまった。まだこんな時間なのに、沖縄の暑さが袖をまくり始めた。

 前日、たまたま釣り餌を買いに、釣具屋をしている大家のおじさんのところに行った。おじさんが今帰仁の生まれだということは知っていたので、何の気なしに、明日運天港までかみさんを送りに行くのだと言った。そしたら、
「今帰仁行くんやったら、実家の庭のシークァーサーをとってきてくれんね」
といつもの人なつっこさでいった。実家にはこの間までおばあちゃんがひとりでいたのだけれども、今年に入ってから体調を崩して施設に入ってしまって、今年は誰もシークヮーサーを採る人がいないのだそうだ。ちょうど今頃がシークヮーサーの採り頃のはずだからといった。僕は、たいした手間でもないし楽しそうだしと思い、ふたつ返事をした。
 おじさんの実家は運天港からすぐ近くだという。港から坂を上がって、大きく曲がったところを左に入って・・・、と実家の場所を聞いた。
 
 教えてもらったあたりで車を駐め、たまたまひょこっと出てきたおじいさんに尋ねると、
「あい、あい、正吉っちゃんのところね」
と教えてくれたのは、この路地を入った三件目、石垣からシークヮーサーがつきでているところだった。
 それからおじいさんは、
「正吉っちゃんは元気しとるね」
と聞いてきたので、とっても元気にしていて、実はこういうわけでシークヮーサーを摘みにきたのだと言った。

 敷地の中に車を入れ、エンジンを切ってドアを開けるとすぐに、何だろう、チュワチュワチュワチュワ……という聞いたことのない、何万匹かと思われるような虫の鳴き声が、空全体をふるわせて降り注いできた。それまでも鳴いていただろうに、家を探すことに夢中になっていて、まったく聞こえなかったようだ。ちなみに、後で聞いて知ったのだが、それはオオシマゼミという奄美からこの辺りにかけて生息している固有種ということだ。

 丁寧に積み上げられた石垣。その中には、きちんと戸締まりをした小さな沖縄の平屋。少し雑草は伸びているものの、丁寧に使い続けられただろう菜園。それから、シークヮーサーとほかに何本かの庭木。
 裏に置いてあった背の高い脚立を出してシークァーサーの木の下に立てた。シークヮーサーの木を見上げると、葉っぱにまぎれてたくさんの深緑の実が見えた。レジ袋を片手に脚立のてっぺんまで登り、座った。
 チュワチュワは村全体が共振しているかのように響きわたっていて皮膚にしみこむようだ。手前には隣家の福木が生い茂り、それをかき分けるようにして、今いた運天港のでっぱりが見える。そして、港を囲むようにして群青の海が広がり、そして、その色が淡く溶けるようにかすみ、そしてまた、優しいグラデーションをつけて空になっていった。さわさわとそよぐ葉っぱと実をくぐり抜けて、太陽の光がチカチカッと揺れて降り注ぐ。そして、シークヮーサーの濃い柑橘の香りに包まれているのに気がつき、気がつくと肺がむせかえるように思えた。
 ああ、こんなところで暮らすのはいいな、と思う。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。