自転車先輩の釣り竿3/3 [日々の生活のこと]
ある暑い日だった。お昼前に釣り場に着いくと自転車先輩が先に来ていた。昼飯を食ってくるから道具を見ていてほしい、というので自転車先輩の道具のすぐに腰を下ろし、愛車に乗って帰って行くのを見送った。
お昼をとったにしては早く帰ってきた。
自転車先輩は竿を一本持ってきていた。これをちょっと使ってみないかという。その竿は穂先が少しばかり折れたところにガイドが付け直されていた。僕は竿の善し悪しなどわからないが、それでも振り入れたときの感じが何ともよかった。折れたのであまり使わなくなってしまったのだろうが、もともと上質なものであるのが竿を持つ手に伝わってきた。
午後はずっとその竿を使わせてもらった。釣れたかどうかは覚えていない。
今日はそろそろあがろうと思い、自転車先輩の釣り竿からリールを外して返した。自転車先輩は、
「こんなんだけど、もってたらいいさぁ」
と、いつもの優しい目をしていう。僕にくれるためにわざわざ昼に帰っていったのだ。ありがたくいただいた。
季節が移る前に自転車先輩が
「もうちょっとしたらよ、今度はチヌ狙うからよ、向こうの防波堤の、ほら、ごつごつしたところあるや、そこにいるからよ。そっち来たらいいさぁ」
と、一キロほど先の新しい場所を教えてくれた。そこは長くまっすぐな防波堤を乗り越えて行かなければならないところで、岩場が広がっているところだ。
僕はある潮の引いたときにそこを見に行き、防波堤の上に立って、潮が引いて岩だらけで遠浅になったところを見やった。岩や潮の加減に注意しなければならないことや足下が悪いことなど、新米の僕には釣りをするのがちょっと難しいなと思った。
それでもその近くで釣りをしたときには、自転車先輩が来てないかと覗いたが、自転車も先輩も、結局一度も見かけないままになってしまった。
自転車先輩にもらった竿は、たくさんの思い出をくれた。
タマンが当たったときは驚嘆した。砂に突き刺した竿立ての竿が、いきなりU字型にひしゃげ、キィーッと音を立てて道糸が持って行かれ、そのスピードにリールの回転がばかになり、道糸がぐしゃぐしゃに絡まって、ハリスが切れて竿が撥ね戻った。息をつく間隙はなかった。一呼吸置いて、遠くで大きなタマンが、いかにも人を食ったように海面高く飛び跳ねて、金色の胴体を光らせて消えた。
それから、オニカマスをよく釣ってくれたのも懐かしい。糸満港に出入りするオニカマスの群れの通り道を見つけたのだが、自転車先輩に教えてもらったスルルの付け方で餌を付け、それが新米にしては上出来なくらい釣れた。体長が五、六十センチはあったから引きもなかなかな強く、掛かってからの対決には熱が入り、自転車先輩の釣り竿はよくしなりを効かせた。
自転車先輩に会わなくなってからどのくらい経った頃だろうか。
よく会ったあたり、遠く堤防の先に自転車先輩の黒い自転車を見かけた。車を駐め急いで用意を調え、沖縄の日差しを反射したまぶしい堤防を小走りに向かった。釣りをする背中に向かって、僕は大きな声で
「先輩!」
と叫んで、何事かと面倒くさそうにゆっくり振り向いたのは、全く知らない老人だった。迷惑そうな老人に人違いをわび、僕は長い堤防を、片手に自転車先輩にもらった竿を持ち、片手にバケツを持ちながら踵を返した。帰り際にちらっと見た自転車は、似ていたが、近くで見ると違っていた。振り返りもしなかったけれど、後ろ姿にしても、本当はそれほど似ていなかったのかもしれない。
お昼をとったにしては早く帰ってきた。
自転車先輩は竿を一本持ってきていた。これをちょっと使ってみないかという。その竿は穂先が少しばかり折れたところにガイドが付け直されていた。僕は竿の善し悪しなどわからないが、それでも振り入れたときの感じが何ともよかった。折れたのであまり使わなくなってしまったのだろうが、もともと上質なものであるのが竿を持つ手に伝わってきた。
午後はずっとその竿を使わせてもらった。釣れたかどうかは覚えていない。
今日はそろそろあがろうと思い、自転車先輩の釣り竿からリールを外して返した。自転車先輩は、
「こんなんだけど、もってたらいいさぁ」
と、いつもの優しい目をしていう。僕にくれるためにわざわざ昼に帰っていったのだ。ありがたくいただいた。
季節が移る前に自転車先輩が
「もうちょっとしたらよ、今度はチヌ狙うからよ、向こうの防波堤の、ほら、ごつごつしたところあるや、そこにいるからよ。そっち来たらいいさぁ」
と、一キロほど先の新しい場所を教えてくれた。そこは長くまっすぐな防波堤を乗り越えて行かなければならないところで、岩場が広がっているところだ。
僕はある潮の引いたときにそこを見に行き、防波堤の上に立って、潮が引いて岩だらけで遠浅になったところを見やった。岩や潮の加減に注意しなければならないことや足下が悪いことなど、新米の僕には釣りをするのがちょっと難しいなと思った。
それでもその近くで釣りをしたときには、自転車先輩が来てないかと覗いたが、自転車も先輩も、結局一度も見かけないままになってしまった。
自転車先輩にもらった竿は、たくさんの思い出をくれた。
タマンが当たったときは驚嘆した。砂に突き刺した竿立ての竿が、いきなりU字型にひしゃげ、キィーッと音を立てて道糸が持って行かれ、そのスピードにリールの回転がばかになり、道糸がぐしゃぐしゃに絡まって、ハリスが切れて竿が撥ね戻った。息をつく間隙はなかった。一呼吸置いて、遠くで大きなタマンが、いかにも人を食ったように海面高く飛び跳ねて、金色の胴体を光らせて消えた。
それから、オニカマスをよく釣ってくれたのも懐かしい。糸満港に出入りするオニカマスの群れの通り道を見つけたのだが、自転車先輩に教えてもらったスルルの付け方で餌を付け、それが新米にしては上出来なくらい釣れた。体長が五、六十センチはあったから引きもなかなかな強く、掛かってからの対決には熱が入り、自転車先輩の釣り竿はよくしなりを効かせた。
自転車先輩に会わなくなってからどのくらい経った頃だろうか。
よく会ったあたり、遠く堤防の先に自転車先輩の黒い自転車を見かけた。車を駐め急いで用意を調え、沖縄の日差しを反射したまぶしい堤防を小走りに向かった。釣りをする背中に向かって、僕は大きな声で
「先輩!」
と叫んで、何事かと面倒くさそうにゆっくり振り向いたのは、全く知らない老人だった。迷惑そうな老人に人違いをわび、僕は長い堤防を、片手に自転車先輩にもらった竿を持ち、片手にバケツを持ちながら踵を返した。帰り際にちらっと見た自転車は、似ていたが、近くで見ると違っていた。振り返りもしなかったけれど、後ろ姿にしても、本当はそれほど似ていなかったのかもしれない。
2014-01-30 07:51
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