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オリオン座の三つ星の真ん中へ [カウンセリング・心理のこと]

この話は、15年くらい前に参加したベーシック・エンカウンター・グループ(BEG)で聞いた話だ。もちろんこの会の話の内容に関しては守秘義務があり、このように公開するどころか、他言無用というのがきまりだ。しかし、この話はとても私の心にしみいり、そして大切な話しに思えてならず、話してくださった本人Sさんに直接了解を得て、個人のプライバシーがしっかりと保護される範囲でこうして書かせてもらう。

ファシリテーターや他の参加者のことも書くべきではないのだろうが、差し支えないだろう範囲で少しだけ書こう。参加者は12名。臨床心理士になりたての20代の女性もいたが、ほとんどは30代から50代前半で、少しだけ男性の方が多いというバランスだった。ファシリテーターは心理学者として新進気鋭のM氏であった。
パイプ椅子に座って車座になり、それぞれが視線を少し落としたまま沈黙の時間が続いたりもした。ファシリテーターも指を組みうつむき加減になりながら、辛抱強く何かを待つ時間も少なくなかった。その一方で、参加者全体に大人な雰囲気があり、何かを皮切りに参加者の意識が動き出すと、その話題について心を開き始め、深く追求しだすという傾向が強かった。

どのような話題であったか覚えていないが、その話題もそろそろ煮詰まりつつありそうな頃、他の参加者の言葉をうけて、それまでほとんど話すことのなかったSさんは話そうとし始めた。Sさんは、放り出した足を足首のあたりで小さく組み、上体を背もたれに預け浅く腰掛け腕組みをしていたが、パイプ椅子の座面に少し腰をもどして口を開いた。


……おれにはよ、二人息子がいて、そのうち下の方が体が小さかったものだから競馬の騎手を目指していたんだけど、あるとき病気してよ。(病名も言っていたが伏せておこうと思う)
しばらく入院していたんだけど、医者にはこれはもう治らないって言われてよ。そう言われてもどうすることもできないし、息子はベットに横になったまま寝ていてよ。長いこと寝ていたら息子自身もだんだん自分がどんな様子かもわかるし、そのうちおれも本当のことを言わなきゃなんなくなってきたしよ。
しょうがないからあるとき寝ている息子に向かって言ったさ。実はな、おまえはこうこうこういう病気で、先生からは治らないって言われたんだよ、って。
次男はじっと聞いてそれから頷いて、そして、おれの方を向いてにこっとして、お父さん教えてくれてありがとう、って顔したわけよ。

怒りを奥歯でかみしめるようにしながら、こんなことをも話しに挟んだ。
……話しが近所の人なんかにも伝わって、まだ一人いるんだからいいじゃない、とかいうのがいたけど、一人いるからいいとか、そういうことではないだろう。何をふざけたこと言ってんのかと思ったよ。

私たちは話しの続きを無言で待った。
……ある晩、次男の枕元で一緒にいたらよ、おれに背をむけて、
じっと、うなじを垂れて、底の底から、行き暮れて、
「死に方が、分からないんだ」
と言ってよ。言ってやる言葉がなくてよ、しばらくだまってたら、
それからおれの方を見て聞くわけよ。
「お父さん、おれよ、死んだらどこにいったらいい?」
って。

こみ上げてくるものでSさんの口元が歪んだ。そして、話しを続けた。
……おれはよ、何か言ってやらなきゃな、そうでないと行く所もなくてかわいそうだなって思ってよ、思いつきだったけど言った。
「いいか、オリオン座わかるだろう。あそこのな真ん中に三つ星があるだろう。あそこの真ん中の星にいけ。三つ星の真ん中の星に行って待ってろ。いいか間違うなよ。おれも必ずそこに行くからな」って。
次男は安心した様子でうんて頷いたよ。


Sさんの話しはそれで終わった。はるか遠くを見やるその目頭が熱くなっているのがわかった。
私たちは、沈黙の底にたたずみながら、それぞれの心にそれぞれの三つ星を描いていたと思う。












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