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Aスタジオ顛末記2〜「巨人の星」かよ〜 [カメラマンになる周辺など]

僕が勤めはじめた当初は、Aスタジオは赤坂にあった。赤坂にあったのでAスタジオだった。まわりには有名なところも含めてラブホテルもたくさんあるという土地柄、ということもあって、スタジオは一見ラブホテルに見えなくもない建物だった。実際勘違いしたカップルが受付に来て、僕らは僕らで編集者・さまざまな分野のモデル・発注元の会社の宣伝部などいろんな人種が出入りするから、どういう人が入っても不思議とは思わす、相変わらずの調子で「おはようございます!」と業界的に元気に挨拶をする。どうも様子が違うのを察してそそくさと帰っていったりしたカップルにも出くわしている。受付のカウンターに二十歳くらいの汗臭い男がいて、しかも元気に挨拶されるラブホテルにはあまり入りたくないだろう。思えばあの白い3階建ての建物はもともと何だったのだろうか。思い出すといまでも不思議に思う。そういえば、スタジオの看板も出していなかったのではないだろうか。

入りたてしばらくは先輩といっしょにスタジオに入って、見よう見まねで仕事を覚えてゆく。趣味で写真を撮っているのとはわけが違うプロの現場。撮影してしまったら「あとで」ということはできないので、カメラマンはいうまでもなく仕事によって広告代理店、デザイナー、スタイリスト、編集者、担当者、そしてそのアシスタントたちもそれぞれがやるべき事をやる。誰も失敗は許されない。(というと、いかにも業界っぽい)
のに、のに、スタジオマン時代はいろんな失敗をやらかした。
あるカメラマンさんのスタジオに入った。何に使うのかはわからないが、飛行機の模型の撮影だった。航空会社の受付に置いてありそうな、台座に乗せられて飛行機が斜め上を向いて飛んでゆきそうな、そんな感じのものを撮影する仕事だった。アングルが決まったあと、カメラマンさんが、布で撮影物を拭いてきれいにしたが、思いがけず汚れが落ちないところがあった。「スタジオさん、この汚れどうにかならないかな」と聞かれて「はい」といって相変わらずすっ飛んでいってアセトンをもってきた。これなら良く落ちるはずだった。よく汚れが落ちると確信していたから、アセトンをウエスにつけて自信をもってそこをさっと拭くと、みごとに機体の白い塗料もきれいにはげてしまった。全く僕のミスだった。ただ謝るしかない。他にどうしようもない。
幸いにもと言っていいものか、カメラマンさんはアングルを変えて、まあどうにかなると撮影した。撮影してくれた。
本当に申し訳ございませんでした。
ひらがな名前の女性のカメラマンさんのスタジオに入った。ハッセルブラッドという中判のカメラでモデルの撮影だった。このカメラはマガジン(フィルムを装填するところ)が取り外せるようになっていて、はずしたカメラ部分は遮光幕がむき出しになっている作りだった。人に呼ばれて振り返った瞬間、三脚に取り付けたハッセルブラッドのその遮光幕に指を突っこんで壊してしまった。その女性のカメラマンは激怒し、そのまま受付に行ってどうしてくれるんだと言っていた。他のスタジオマンと交代させて欲しかったようだったが、人手がなくて僕がそのままスタジオに残った。「おまえはもう何もするな」といった感じで、針のむしろだった。僕が悪いのだから仕方がないが。撮影自体は予備のハッセルブラッドでどうにか事なきを得た。
本当に申し訳ございませんでした。
N澤さんのスタジオ、タングステン電球(写真撮影用の白熱電球)での時計の撮影のこと。時計の商品撮影も本当にデリケートな撮影になる。膝くらいの高さの商品台に化粧板を敷き、磨き上げた時計をセットして大判のカメラでアングルを決め、そのあと、上の方から、右から左からとライティングをしてゆく。ライティングは直接光は当てないで、撮影物との間にトレーシングペーパーを垂らして光を柔らかくし、美しい写り込みにする。撮影するものは小さくても熱を持ったライトの数は多く、幅の広いトレーシングペーパーをいくつもたらすので、狭い。そこに体を縮めて入り込み、ほんのちょっといろんなものを動かす。
夜遅くまでの撮影。タングステンの電球で暑い。毎日の寝不足で眠い。当然のように(といってはいけないが)くらくらっとしてしまう・・・。で、がつんと商品代に頭がぶつかって眠気が一瞬で吹っ飛んで
「すいません!」とあやまるが、
「ばかやろう、何やってんだ!」と鉄製の4×5のポラホルダーの角が頭に刺さった。
セッティングはやり直しになる。
本当に申し訳ございませんでした。
仕事柄忘れ物が怖い。
Yさんの出張ロケに大型のストロボに使うための「かさ」を忘れたことがあった。じろっとにらまれて、「しかたないな」といって仕事を続けた。
本当に申し訳ございませんでした。
きりがない、わけではないがまだあるがこれくらいにしておこう。

一日の仕事のシメはミーティングだった。会議・打ち合わせなどと訳してはいけない。その日の厳しい反省会なのだった。上記のように失敗がいろいろとあったから、それでまたいろいろと怒られてしまうというか、怒鳴られてしまうというか。
これは僕ではなく僕よりも後に入ったKのことだったが。ある晩のミーティングの時、彼はものすごく眠かったようだった。僕の隣でパイプ椅子に座って、頭が船こぎをし出したのがわかった。僕は肘でついて彼を起こした。ぎくっと起きたが、またすぐに頭が崩れだした。Mさんがカチンときたのがわかった。
「眠てんじゃねえ!」と彼の膝を蹴った。Mさんは話の筋がよく通っている人で、ほとんど怒鳴ったりはしないし、たとえば「失敗する」ということに関してもそれが積極的によかれと思ってやったことか、それとも怠慢でそうなったことか、ということを厳しく見て判断するような人だった。
彼はすいませんでしたと神妙になったが、すぐにまた宇宙との交信が始まった。
Mさんは激怒し、
「ふざけてんじゃねえ!」と彼の胸に蹴りが入った。Mさんは小柄ではあったが柔道をやっていたこともあって体重のかけ方がいいのだろう、パイプ椅子ごと見事にすっ飛んで事務机の引き出しに頭を激打した。

僕がそこにいた2年弱の間に入ってきた人もそれなりにいたが、辞めていった人もまた多かった。ミーティングで蹴られた彼もその後間もなく辞めてしまった。ひとこと言って辞めるのなら辞めるというのだろうが、「夜逃げ」ということがままあった。Kもやめたのか夜逃げだったか覚えていない。
昼近くになって、先輩が「そういえば、Uはどうした?」と聞く。
そういわれれば顔を見ていない。誰も知らないという。
で誰かがUさんの荷物を見に行くと段ボールふたつくらいの着替えなどがなくなってもぬけの殻。で、
「Uさんの荷物がありません。やられたみたいです」
とだれかが報告。夜逃げ。毎晩誰もが熟睡してしまうから、そういう意味では夜逃げは難しくはないが、なにも夜逃げしなくても一言辞めるといって出て行けばいいのにと思う。それに「やられた」と脱走兵に対するようなものいいもどうかと思ってしまうが、確かに何かそんなふうな雰囲気が漂っていなくもなかった。

「巨人の星」が放送されたのは、記憶では僕が小学2年の頃からだったのではないだろうか。夕方5時、白黒のテレビの前にじっとして始まるのを待つ。大塚製薬の提供だったかな。そして、ボールを打つカキーンという音、スパイクで走って滑り込み、そしてそのあとの観客の歓声!そしてあのテーマ曲のイントロが始まる。それから30分はテレビの前を離れることができなかった。僕はいまでも根性はほとんどないし、当時も根性はなかったように思うが、そうした毎日30分が、僕らの世代の男の子たちに、根性とか最後までやり抜くとか、何かそんなものを植え付けようとしていたのかもしれない。
以前は「巨人の星」のあるシーンを思い出すことがままあった。そのシーンというのは、飛馬の顔がまだ子狸に似て描かれているくらいのごく幼い頃のこと、かれは毎朝決まったコースをランニングしていた。ある朝いつものコースの途中、何かの工事でその道を通ることができなかった。飛馬は手前の十字路まで引き返し、そして他に選択可能なふたつの道のどちらを行こうか迷ったが、近道の方を選んで「今日は楽ができた」というようなことを思って走り続けた。しばらく走ると通りをふさぐようにして立ちはだかる人がいる。顔を見上げると言わずもがな父一徹だった。一徹はそこで言う。近道か遠回りか迷ったらば遠回りをしろ、と。そういう生き方が自分を鍛え最終的には自分のためになる、そんなことを言ったのだった。
小学2年の僕がその哲学に感銘を覚えたのかどうか知らないが、ただ言えることは、そんな星一徹の教えが僕の中に入ってしまって、仮死状態で生き続けていたということだ。勤めるスタジオ探すのにタイミングを合わせたように、仮死状態のものがうごめいたのだろうかと振り返って思う。見るんじゃなかったな「巨人の星」。
どうでもいいことだが、一徹は一度もちゃぶ台をひっくり返したことはないらしく、全くの濡れ衣とのことらしい。イメージというのは恐ろしいものだ。
H.Wife氏いわく「それにしてもいつまでも遠回りしてるよね、人生」
飛馬のように眼の中にめらめらと炎が上がったりはしていないが、見えないロープで結ばれた「重いコンダラ」をいまだにひきずっているのだろうかと思うと気が重い。


追・「巨人の星」の主題歌は
「おもいこんだら、しれんの道を、ゆくが男のど根性・・・」
で始まるのですが、その「思い込んだら」と歌っているところで、飛馬と伴宙太がロープに結わえたタイヤをうさぎ跳びしながら引きずるシーンが流れるんですね。それを見ていると、子供にはその重そうなタイヤのことを「重いコンダラ」というのかなと、思えるのでした。僕はもちろんですが、同世代の何人もの男性から同じように思ったと証言を得ています。

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