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なまはんか心理学(5)我が心のタコ社長 [カウンセリング・心理のこと]

ゲシュタルト療法では徹底的に「いま、ここ」にこだわるのだそうだ。たとえば昔起こった問題でも、今それを引きずっているとしたらそれは「今」の問題ととらえる。
僕はカメラマンを生業としている。言うまでもなく、写真はいつでも「いま、ここ」なのだ。当たり前すぎることだ。いまここでじぃーっと凝視して、いまここでシャッターを押す。「いま、ここ」にこだわるも何もない。打ち合わせやセレクト作業はあるものの、「いま、ここ」でシャッターを押すということが核になって、一枚の写真を作ってゆく。そうでないとカメラマンは飯が食えない。

同じカメラマンといっても、撮影内容も仕事の受け方も人によってまちまちで、もちろん写真に対する考え方も千差万別。で、僕はどんなことを長くしてきたかというと、雑誌全般、会社・大学案内のパンフレット、地方にいっての紀行・取材もの。そうしたものが多かったが、それらの仕事の中で人物を撮影することが多かった。ポートレイトもそうではあるけれどもインタビュー中の写真を撮ることも多かった。それに、依頼の仕事でなく、自分自身の作品としても、いろんな国に行ってポートレイトを撮るということをしてきた。
ファインダーを通して、インタビューに答えるその人をじぃーっと見る。考えてみれば、人をじぃーっと見続けるというのは日常ではちょっと考えられない。けれども、仕事ということと何よりも「レンズを通して」ということで、1時間近くもまじまじと人の顔を凝視する。アングルを変えたりしながらその人の何かを感じ何かを撮ってゆくことになる。

あるとき太宰久雄さん(もうお亡くなりになりましたが、寅さんに出てくるあのタコ社長です)を撮影する機会があった。
そのときご丁寧に名刺をくださったということもあって撮影した写真を一枚贈らせてもらった。そしたら後日太宰さんからお電話があって、頂戴した写真は本当に私らしく写っているので、もしさしつかえなければ宣材※に使いたいので50枚プリントして売ってもらえないかと。太宰さんのような方が、それでも宣材を作って前向きにやっていらっしゃるということに凄いなあと感動し、そしてまた太宰さんのような一流の役者さんに僕が撮った写真を「本当に私らしく写っている」と評価してもらえたのがとても嬉しかった。カメラマン冥利、といってもいいのかもしれない。太宰さんは、あの一枚のゲシュタルトは美しく完成したものだと教えてくれたのだと、今になって思う。
電話口で料金を決めかねている僕に、いい写真を撮っていらっしゃるのだから遠慮なく料金をおっしゃってくださっていいいのですよ、と優しくおっしゃってくださった。

タコ社長の太宰久雄さんは指をあごに当てて話す癖があった。目線はやや上目で遠くを見るような感じ、そしてインタビュアーの言葉を頭の中で反芻し、言葉を選ぶようにしてゆっくり丁寧に話していた。静かな物腰の方だった。あえてひと言で印象を言うならばジェントルマンだった。

「男はつらいよ」では、寅さんが寅さんでいるためには、タコ社長は不可欠な存在だった。欠かせない「地」だった。
タコ社長、太宰久雄さんの奥さん宛の遺言、
【葬式無用。弔問供物辞すること。生者は死者の為に煩わさるべからず。】※
これをどんなふうにとったらいいのかは、よくわからない。太宰さんがそのような用語を使いはしなかったと思うが、たとえば、生者を「図」死者を「地」、そんなふうに見ていたとはとれないだろうか。
そんなことをつらつら考えると、役者としても生き方としても「地」を作ることにかけた人生だったのかもしれないと思う。大げさに言えば「地のゲシュタルト」を作り上げた人生だったとはいえないだろうか。
そして、太宰さん本人にとっては「地であること」それこそがまさに「図」であった。

「地」に意識を持ってゆかなくてはならない。「地」の中に新しい気づきやヒント、そうしたものが隠されている。パールズはそう教える。
ふだん意識に上らない「地」は広い。エベレストは目で見ることができるけれども、海の底にはそれよりもはるかに深い海溝が延々と広がっているのに似ているかも知れない。
タコ社長を想うとき、広大な大地を鍬を持って耕しては休み、そして、顔を上げてあの笑顔で陽をあびるタコ社長、僕にはそんな光景が思い描かれてしょうがない。
僕自身「図」と「地」のこともよくわからない。それでもあえて言わせてもらえば、「地」と「図」のことはタコ社長、太宰さんの生き方にとても大切なヒントがあるように思える。










※宣伝材料の略だと思う。営業用に使う写真付きのプロフィールをこの業界ではこういっている。
※朝日新聞、天声人語に掲載
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