SSブログ

ゆれたことを思いかえせば [いろいろ思うこと]

その朝、神戸までの朝早い新幹線に乗るためにまだ暗いうちに起きていた。朝はいつもそうするように、ラジオのスイッチを入れて朝の些事をしていた。そのラジオから今から仕事でゆこうとしている神戸で地震との速報。
その日は大阪のやまちゃんのところに泊めてもらう予定だったが、まもなくそのやまちゃんから電話があって、ここもだいぶ揺れたけど気をつけてきて、といった。
それからのラジオの速報が尋常ではなかった。
誰に確認したのか覚えていないが、誰かに確認したのだろう、そして、今日はキャンセル、神戸には行かないということになった。
阪神淡路大震災の朝だった。

その日の飛行機に乗って予定通り中米に発った。アトランタでトランジットし、そして、ニカラグアに着いた次の日だった。大家のじいさんが部屋にきていった
「日本が大変だ、早くテレビを見に来い」
CNNの画面に「緊急」の真っ赤な文字が点滅していたが、何が映っているのかはほとんどわからなかった。ただ、その映像からはとにかくとてつもないことが起こっていることが伝わってきた。
3.11の前々日成田を発っていた。

山形で結婚式を終えて、次の日東京に帰った。
かみさんと一緒に夕方部屋にもどって間もなくだった。不気味な大きな揺れだった。速報では新潟の中越が震源という。田んぼ遊びをさせてもらっているところだった。その後、そこには田んぼ遊びではなく足を運ぶことになった。
新潟県中越地震だった。

僕がまだほんの小さかったころ。
路地をはさんだ隣の古い土壁の倉にむかっておしっこをしていた。僕自身は揺れた覚えはない。家から飛び出してきた母は、おしっこが終わったか終わらないかの僕をさっとかかえて壁を離れた。その一瞬後、そこに土壁が落ちて土埃がたちあがった。
新潟地震だった。

何を言いたいわけではないが、地震の思い出をちょっと並べてみた。
コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

佃、地下鉄、いびつなりんごほたる ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。