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真夜中に思い出せば・・・ [田舎のこと・母のこと]

真夜中にふと小さく目を覚ましたら、消さないままに寝てしまったラジオから懐かしい歌謡曲が流れていた。天知真理がひとりじゃないって素敵なことねと歌い、沢田研二が切ない恋の歌を歌い、三好英二が雨に濡れながらたたずみ、ちあきなおみがいつものように・・・と。昭和47年の特集といっていたようだった。
中学生の頃の歌たちかなと思いながら、帰ってゆきそうな意識の中で、どうしてだか小学生の頃の放課後を思い出していた。

授業が終わると、誰が言い出すということもなく、グランドに集まって野球をすることになる。一度うちに帰ってランドセルを放り、その代わりにグローブとバットを持って学校のグランドにとって返す。ずぼんの膝にはいつもはりぱん(つぎはぎ)があった。
みんなが集まるとまずチ−ム分けだが、よく「とりっこ」※ということをした。Yくんがいつもリーダーシップをとって、弱い子が寂しい思いをしたり仲間はずれにならないように気を配っていた。ああ優しいいいやつだったなあと思う。
あのころはいつもそんなふうに放課後遊んでいた。三振ばっかりだったかもしれないけれど、バットにグローブを突っこんで肩にかついで夕暮れの空の下を帰るときは、何かを成し遂げて一日が終わるようでちょっと自慢な感じだった。
幸せだった。
僕自身は言ったことを覚えていないけれども、母が
「なおとしは『補欠はどごでもまもんねどなんねがら大変なんだぜ』なんて言って野球がらかえってきて・・・」と、訪れた母の友だちに話して笑っていた。母はそんなことを話しながら、元気に遊んでくる息子をめんこいなあと思っていたのだろう。
何十年も前のことを思い出して、あの頃のちっちゃい僕が愛おしいと真夜中に思った。そして、枕が少しぬれた。


 




※ 「とりっこ」というのは、その時その時で力の同じくらいの二人を取る人に選んで、その二人が代わる代わるに一人ずつチ−ムの仲間に選んでゆく。選ばれたらそのチームになる。そうして決まった仲間も一緒になって次はどうだから誰を取ろうということになる。子どもながらに同じくらいの力わけになると思っていた。とりっこはいつも協議制だった。

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