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母の贈り物 [田舎のこと・母のこと]

大学1年の冬、僕は田舎に帰らなかった。釧路の師走、寒さがつのりきって毎日が極寒だった。
四畳半、トイレ台所共同の安アパートに暮らし※、段ボールを机代わりにして、そこで李白の長い詩を読むのにこっていた。
年の暮れが近いある日、母から小さな小包が届いた。何が入っていたのかほとんど覚えていないが、餅とオーブントースターと、そして手紙が入っていたのだけは覚えている。
餅はうちで作った長方形の切り餅だった。今年の正月は帰らないと母に伝えていたのだろう、それで餅を送ってくれたのだろうと思う。母は餅をあぶるものもいるだろうと、わざわざ新しくオーブントースターも買って入れてくれていた。
オーブントースターを取り出して開けてみると、その中にも餅を何個かずつ新聞紙に包んで輪ゴムでとめたものがいくつか。こんなところにも入れてくれたのかとありがたいなと思った。
しかし、オーブントースターがちょっとおかしい感じがした。何かカサカサと音がする。
よく見てみると電熱管に餅がぶつかって、上の方についている電熱管がすっかり粉々になって下に散らばっていた。

手紙は、新聞のチラシを切ってその裏に書かれていたと思う。手紙というよりは、むしろメモのような感じで。ボールペンで書かれたそれの書き出しはこうだった。
「元気でせうか・・・」
その時まで母がそんな書き方をするような時代を生きていたのを知らなかった。
そして僕のことを気遣うことばかりが書いてあった。風邪はひいてないか、楽しくやっているのか、そんな些細な一つひとつだった。

四畳半のほとんど何もない薄ら寒いアパート。緑色の蛍光灯。小さな紙切れに書かれた決してうまいとはいえない母の文字。何度も何度も読み返した。
壊れてしまったオーブントースター。母の気持ち。

それ以降母から手紙をもらった覚えはないから、きっと母からもらった唯一の手紙だった。大学生のときでさえ何度か引っ越したし、そのあともとにかくひとつ所に落ち着かない引っ越しの多い人生を過ごしてきたから、母からもらったあの手紙は、どこにいったか全くわからない。
あの手紙をもう一度読み返したいと思うが、かなわないだろう。
だけども、この体そのものが母からの手紙であり贈り物。








※話しとは全く関係ないが、このアパートでは、隣に松山千春の弟が住んでいた。同じ大学の一年先輩だったように思う。
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