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カメラの歴史、ったって個人的な(2) [カメラマンになる周辺など]

大学に入ってFMの後継機になるFM2を買った。このカメラも僕にはしっくりくるものではあったが、強いてどちらかといえばFMのほうが性に合う。それを書いて説明しようとするとするとなかなか大変なので、ここでは省略したい。
レンズは28ミリ、105ミリ、300ミリ、などと買い足していった。
次には、マミヤのユニバーサルプレスという6×9判のカメラを、奨学金がまとめてでたときに買った。これは究極のマニュアルカメラというか、きわめて原始的なカメラだった。
この原始的なところに功罪があって、罪は安全機能がないのでとにかくミスが多かった。引きブタをしたままシャッターを押す、引きブタを抜いたままフィルムバックを外してしまう、意図しない多重露光をしてしまう、などなど。
多重露光が簡単にできるというのは、これはこれで便利なところがあって、友人のYにデータを作ってもらって、皆既月食の連続写真を撮った。月は満月と三日月とでは明るさがとても違っていて、何時何分に皆既月食なので、その前の何時何分にはどのくらいの露出、つぎには何時何分にどのくらいの露出、というふうにデータを作ってもらったのだった。僕は教育学部の国語科にいたが、Yは理科にいた。理科はやっぱり頭が違う。真冬の暗い公園に行ってガチガチになった雪に三脚をさして撮影したのが懐かしい。
大学時代に、FM2をもう一台買った。

カメラマンとして独立したとき、このFMとFM2が2台の、都合3台だった。仕事が回転しないうちはどうしようもなかったが、ギャラをもらうようになると、すぐにこれではいけないと、当時のニコンの最高級機だったF3Pを2台買った。一般にはF3として出回っていたが、「P」がつく分ちょっとだけ違っていた。ちなみに、この「P」は、きっとプロフェッショナルのPか、プレスのPだと思うのだが、いまだに正確なところは知らない。
いずれにしても、このF3Pは、僕の写真生活において、一番お世話になったカメラだ。本当にいいカメラだと思う。なかなか壊れないし。それに何よりも視野率100パーセントというのが、仕事上では必要だった。
これは、完全なマニュアル機というわけではなく、電池が切れると不便するものではあったが、まあ、モータードライブから電池を融通するので切らしたことはない。しかし、どういうことがあるかわからないので、同じ形をした完全なマニュアル機(たとえばF3Mechanicalのような名前で)を作ってもらったら、プロでニコンを使っていれば必ず買っただろう。特に海外などへの長い撮影旅行には持って行きたい。
話がそれたが、仕事をし始めてからはレンズを買い足していった。14ミリ、20ミリ、24ミリ、28ミリ、35ミリ、50ミリ、55ミリマクロ、85ミリ、105ミリマクロ、180ミリ、200ミリマクロ、300ミリ、300ミリ(f2.8)、500ミリ。忘れているのもあるかもしれない。
ちなみに、もし旅行に1本だけというなら、20ミリ(f2.8)を持って行きたいと思う。
仕事用にマミヤRZという中判(6×7)のカメラも買った。RZは大きくて重くて、仕事以外では使ったことがない。
次に、その頃に買ったコンパクトカメラのことも書きたいと思う。



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